Future Leaders
栃木県栃木市出身。1994年明治大学商学部卒業後、新卒で中沢乳業株式会社に入社し現場を経験する。2002年、栃木乳業株式会社に入社、現在に至る。
栃木県栃木市。栃木乳業株式会社は牛乳を始めとした乳製品を中心に製造・販売している、北関東を代表する会社として知られている。栃木県は生乳生産量本州1位であり、新鮮な生乳を受け入れることが可能で、また東京を中心とした消費地に近い。創業から70年以上たった今も、地域の酪農家と北関東の消費者をつなぐ存在として進化を続けている。
そして2004年より関東牛乳株式会社より受け継いでいる「関東・栃木レモン」は、その独特の甘さと爽やかな風味で栃木県民にとってのソウルフードとなっている。また栃木県内の小中学校約110校の学校給食用牛乳を供給していることや「蔵の街」商品シリーズとして「蔵の街のむヨーグルト」などの製造販売をしている。
食品業界で最も重要なのは「品質」。栃木乳業では徹底した衛生管理を行い、さらに昨年、国際的な食品安全規格であるFSSC22000を取得。「品質管理のレベルをさらに高め、消費者が安心して選べる製品を作り続けることが使命です」と松倉代表は語る。その努力は、ただの技術革新ではなく、地域社会への深い責任感に根ざしている。食品は命を支えるものであり、栄養価の高い乳製品を提供することで地域に貢献したいという信念が、栃木乳業の歴史を支えているのだ。
家族経営から始まり、いまや地域の酪農家や流通業者との太い絆で事業を支える代表取締役社長の松倉代表が、時代の変化とともに進化を続ける会社そして乳業の未来を語ってくれた。
栃木乳業の原点は、創業者である松倉氏の祖父が始めた酪農と乳処理業にある。しかし、父の代で一大決断が下される。酪農と乳処理を一体でおこなうのは難しいと判断、父の代で酪農事業を終わらせ、乳専業に切り替えたのだ。そして高度経済成長期には牛乳需要の高まりに支えられたが、近年の少子化と生活様式の変化により、牛乳だけでは事業継続が困難に。「現在はヨーグルトや乳飲料などの乳製品開発に注力しています」と語るその眼差しには、業界の先を見据える強い意志が光る。
そして栃木乳業を語るうえで外せないのが「レモン牛乳」の存在である。松倉代表が語るレモン牛乳の歴史は、地域とともに歩んできた乳業の軌跡そのものだ。戦後、砂糖がまだまだ貴重だった時代、宇都宮の関東牛乳株式会社が生み出した「レモン牛乳」は、甘みと爽やかな風味が子どもたちの笑顔を引き出す「ごほうび飲料」として親しまれてきた。しかし、約20年前、その歴史に終止符が打たれそうになった。関東牛乳株式会社の廃業である。そこで手を差し伸べたのが栃木乳業だ。初代から続く味とパッケージを受け継いで、商品を復活させた。
全国的な注目を集めるきっかけは「ご当地グルメブーム」だ。「宇都宮餃子、佐野ラーメン、そして黄色い飲み物としてレモン牛乳が紹介され、栃木県外でも知られるようになりました。それを飲む人々の記憶とともにある商品です。レモン牛乳はただの商品ではないことは、栃木県民からすると自明だと思います」と松倉代表は意気込む。
今、牛乳や乳製品を私たちに届ける産業の裏側では、深刻な課題が進行している。松倉代表が語ったのは、酪農家が直面する厳しい現実と、それに立ち向かうための取り組みだ。
「ここ数年で酪農家の廃業率は年間9%に達しています」と驚愕の数字を発する松倉代表。エサ代の高騰や円安の影響で赤字経営が続き、多くの酪農家が廃業を余儀なくされているという。小規模酪農家が減少する一方、大規模酪農家に牛が集約される状況が進行している。しかし、酪農業はただ規模を大きくすれば良いわけではない。「小規模酪農家が地域に存在し続けることが、地元の酪農業の多様性を守るカギです」と松倉社長は訴える。
餌代の高騰に対応するため、本来なら生乳価格を引き上げるべきところだが、それには消費量の減少というリスクが伴う。「過去の経験から、牛乳の価格を10円上げると、消費量が約10%落ちるというデータがあります」と明かす松倉代表。消費が減れば、行き場を失った生乳が廃棄されるという最悪の事態につながる。このような状況を打開するために、栃木乳業では「値上げと消費促進をセットで進める必要がある」と考えている。牛乳以外の乳飲料やヨーグルトといった加工品の新商品開発を通じ、付加価値の高い商品を提供しつつ、消費を増やす取り組みに大きく注力している。
酪農家が牛を絞らなければ、我々乳業会社は何もつくれない。そして、学校給食やスーパーが牛乳を売らなければ、販売の場も失われる。1次産業の酪農、2次産業の乳製品加工、3次産業の流通販売が一体となって成り立つ産業構造を守るため、全体の連携が欠かせない。
「栃木県は北海道に次ぐ国内第2位の生乳生産地です。約600の酪農家がこの地に根を張っている。この酪農家の努力を無駄にしないためにも、栃木産の牛乳や乳製品を消費していただきたい。我々は引き続き、新商品を開発し、品質を守りながら、地域の酪農業を支えていきます。ぜひ、皆様のご協力をお願いしたいです。」
「仕事を好きになること。それが人生を豊かにする鍵だと思います」70年以上の歴史を紡ぐ企業を率いる彼が、次世代に伝えたいメッセージはシンプルだが深い。「自分の好きな業種につけるのが一番ですが、そうでなくても縁あってその仕事をしているのですから、まずはその仕事を好きになる努力をしてほしい」と松倉代表。人生の多くの時間を占める仕事だからこそ、それを愛する姿勢が重要だと説く。