浅井式幸福論ー栃木の歯科医院が拓く新しい働き方の可能性

Future Leaders

 
     
 
浅井 裕幸

浅井歯科クリニック

院長

 

東京都出身。1994年日本大学松戸歯学部卒。1994年4月日本大学松戸歯科病院頭頚部外科入局。1998年9月パトリア歯科分院長に就任、2002年10月医療法人社団心裕会(浅井歯科クリニック)理事長に就任。現在に至る。日本口腔インプラント学会会員。

困ったら「歯の総合病院」の浅井歯科

浅井歯科クリニックは、宇都宮市と足利市に構える、地域に寄り添う歯科医院として県内で広く知られている。虫歯や歯周病などの一般的な歯科治療のほか、インプラントなどの矯正歯科、ホワイトニングやティースジュエリーなども取り扱う。また小児歯科はもちろん、高齢者歯科や矯正歯科、審美セラミックなど各分野に精通した専門家が在籍しているのが特徴である。

また、歯科技工士が常駐しているため一般的な歯科医院よりも早く歯のかぶせものを提供できたり、ウトウトした状態で治療ができる睡眠無痛治療(静脈内鎮静法)に対応しているほか、CTや口腔内スキャナなど最新機器を導入しているためより精度の高い治療を提案することが可能となっている。まさしく「歯の総合病院」だ。

クリニックの理事長を務めている浅井裕幸院長は、20年以上・年間3,000本以上の治療実績を誇るインプラント治療のプロフェッショナルとして活躍している。

通院いただく患者様が幸せになってもらうために、そして働いている従業員が幸せになってもらうために。浅井院長が語る、歯科クリニックの在るべき姿、そして実現するための覚悟とは。

 

地獄の立ち上げ期

東京都で生まれ育った浅井院長。昔から独立志向が強かったという。「医者とか弁護士とか…ドラマで活躍しているような、人から一目置かれるようなかっこいい職業を自分もしてみたいな、と。逆に、サラリーマンはちょっとな…と思っていました(笑)。そんなふわふわとした考えで過ごしていた高校生のころ、なにげなく受けた職業適性検査のようなテストをやってみたら、“医療系の職業”に適性が出たんですよね。私の家庭には医療畑の者がいなかったので受験には苦労しましたが、いろんな医療系学部を見て、当時の受験生である自分から見て総合的に一番魅力的と感じた歯学部に進みました。」

国家試験に合格した浅井院長、卒業後は歯科医として大学病院や東京の歯科クリニックで修行を重ねたという。もちろん自分のクリニックを開業するという夢が消えることはなく、着々と開業のタイミングを狙っていた。しかし、昨今はコンビニより多いと揶揄される歯科医院、空いた土地に出せばよいというのは昔の話である。当時の浅井院長の戦略は“ショッピングモールでの開業”だった。開業に詳しい関係者らの話を総合的に組み合わせた結果、比較的大規模な商業施設のテナントを確保することが何よりも重要だと推測したのである。ただ言うまでもなく他業種からも人気のスポットで、良い条件のテナントになかなか巡り合わなかった。

あるとき、関係者からアピタ宇都宮店を紹介される。当時の浅井院長にとって宇都宮は縁もゆかりもない土地。遠いけどとりあえず一回見るか…と、重い腰を上げて内見に行った浅井院長は、アピタを見て衝撃が走ったと語る。「まさに理想的な場所でした。県庁所在地の中心地で、車を2,000台以上収容できる。人気チェーンが揃い、かつキッズコーナーも整っていて、それでいて落ち着いた雰囲気。運命としか言いようがなかったです。すぐに契約しました。」

患者対応

浅井院長の直感は正しかった。開業後1ヶ月で200名以上の来院を記録した。収容人数を増やすため、空いたばかりのとなりのテナントを追加で借りて増床した。それでも患者をさばき切れないため、通常商業区間ではなく倉庫としての利用を想定していた場所まで借りて、そこに施術台を設置していった。

常識では考えられない急拡大による弊害もあった。スタッフへの教育も追いつかないままクリニックを運営していたため、同業者によるあらぬ疑いをかけられたり、複数の従業員に一斉に離職されたこともあったりしたという。浅井院長は体調を崩し、入退院を繰り返す事態にまで陥ったが、信頼していたスタッフや同業の歯科医の先生の支えでなんとか乗り越えることができたと、浅井院長は当時の苦い思い出を語る。

 

浅井歯科クリニック式経営哲学

現在は宇都宮のほか、アピタ足利店にも分院を展開している浅井歯科クリニック。クリニックを運営しているうえでの一風変わった経営哲学。派閥も悪口も許さない。従業員が働きやすい環境を作るために、彼が大切にしているのは、実は小学校の義務教育で学んだ“あたりまえ”のルールだった。

「やるべきことをやる、やってはいけないことはやらない。それだけです。」

彼が言う“あたりまえ”とは、人として、社会人としての基本。それを守ることが、専門職である歯科医師や歯科衛生士としての誇りに直結すると考える。「ストレスフリーな環境を作るには、基本を守ることが大切。悪口や陰口は一切禁止。もし問題があるなら、直接相手に注意するか、上司に報告をあげる。それ以外のやり方は許しません。」

その徹底したルールを浸透させるために、彼は繰り返し伝え続ける。「1回や2回言っただけでは浸透しないんですよ。だから僕は幹部が同じ方針を共有し、全員が自然とその文化を体現するまで何度でも言い続けます。」

そんな強い姿勢に基づき、彼の職場では、努力を重ねる従業員には適切な報酬を還元する仕組みが整備されている。「みんなが頑張った分、得た報酬はきちんと還元する。それを徹底してから、従業員の不満はなくなり、全員が同じ方向を向いてくれるようになりました。」ルールを守り、互いを尊重することで生まれるチームの結束力。それを軸に、彼はさらに強い組織を目指している。

「人として、社会人としての基本を忘れない。それが、強い職場、そして前を向いて進む組織をつくる原動力です。」そう語る浅井院長。時代が変わり、働き方が多様化するなかで、あえて原点に立ち返る。この歯科医院の取り組みが、未来の職場の在り方を示唆しているのかもしれない。

 

働く喜びを取り戻す。栃木から始まる新しい働き方改革

「正直、僕の給料は上げていません。その代わりに全員の給与を引き上げました。人件費はガッツリ増えましたが、それでも従業員がやりがいを持てる環境を優先したかったんです。従業員が誇りを持って、この歯科で働いていてよかったと感じる職場づくりを目指したくて。お金はもちろん大事ですが、それ以上に自分の仕事を誇れることが大切です。そのために、従業員全員が同じ方向を向いて協力できる環境を整えています。」

さらに、求人にも積極的に取り組むという浅井院長。高い給与や魅力的な職場環境を求職者に分かりやすく伝えるため、新たなアプローチを模索中だ。

スタッフ集合写真

「伝え方を変えることで、もっと多くの人にこの職場の魅力を知ってもらいたい。」

給与アップだけでなく、従業員への評価を具体的な行動で示す姿勢。そこには、経営者としての強い覚悟がある。地域医療への貢献と、働く人々の幸福を両立させる挑戦。浅井歯科クリニックが描く未来は、働き方の新たな可能性を切り拓いている。