Future Leaders
東京都出身 。栃木県宇都宮市在住。2007年、講談社「なかよし」にて少女漫画家としてデビュー 。2013年に漫画家を引退し、母が創業した有限会社JmC ダイアナ ヴィヴァーチェに入社 。2016年に事業を承継し、代表取締役およびチーフプロポーションカウンセラーに就任 。現在は「100年続くダイアナ」を目標に掲げ、地域に根ざしたサロン運営を行っている 。
三浦氏のキャリアは、華やかな美容業界とは対極にある場所から始まった。19歳での漫画家デビュー。幼い頃からの夢を叶えたはずだったが、そこで待っていたのは来る日も来る日もたった一人で白黒の原稿用紙と向き合う孤独な日々だった。
「25歳までの約6年間、連載権獲得のため必死に描いていました。しかし、編集者から突きつけられるのは『あなたは感情が乏しい。もっと人と関わりなさい。』という言葉。当時の私は極度の人見知りで社会経験も乏しく、自分の内面の空虚さに苦しんでいました。描きたいのに、描く中身が少ない。インクの匂いが充満する部屋で、スランプに陥っていきました」
そんな「モノクロームの世界」に生きていた彼女の目に、強烈な「カラー」として飛び込んできたのが母の姿だった。当時、体調不良と肥満に悩んでいた母は、ダイアナと出会い、わずか3ヶ月で13kgの減量に成功。見た目の美しさだけでなく、性格まで明るく前向きに激変し、ついには自らサロンを開業してしまったのだ。
「母に連れられて参加したダイアナのイベントや、成績優秀者が招待される海外旅行。そこには、ドレスアップして人生を謳歌する女性たちの圧倒的なエネルギーが渦巻いていました。私の知らない、眩しいほどの極彩色の世界。『私もあっち側に行きたい』。薄暗い部屋で膝を抱えていた私は、強烈にそう願ったんです」

母のサロンを手伝いながら、三浦氏自身もダイアナのメソッドを実践した。結果は劇的だった。体重はマイナス10kg、ウエストはマイナス20cm。ふくよかだった身体に美しいくびれが生まれ、自信が芽生えた。「人は変われる」。その実感が、彼女の閉ざしていた心を開いていった。しかし、運命の歯車は予期せぬ形で彼女を試練へと導く。サロン経営者として輝いていた母が難病を患ってしまったのだ 。 「そばで母を支えたい」。そう思うと同時に、彼女の脳裏には愛するサロンの風景が浮かんだ。「ダイアナ ヴィヴァーチェ」という場所、そしてそこに集う人々の笑顔。この大切な場所を絶やしてはならない 。
「私がやらなければ、このサロンはなくなってしまうかもしれない。ここを続けさせることができるのは、私しかいない」
彼女はペンを置く決意をした。「漫画家・三浦瑞希」を終わらせ、母の想いを受け継ぐ後継者として生きる 。それは、単なる親孝行のためではない。「やるからには、100年続くサロンにする」 そう腹を括り、自分の人生を懸けて美の道を歩み始めるための、覚悟の決断だった。

現在、三浦氏のサロンには、ダイエット目的だけでなく、体型の崩れや健康不安、そして深いコンプレックスを抱えた人々が訪れる。彼女が大切にしているのは、かつてクリエイターとして培った「人の心を見つめる目」と、自身のコンプレックスを克服した経験に基づく共感力だ。
「生まれたばかりの赤ちゃんは、心も体もツルツルの球体のように美しいですよね。でも大人になるにつれ、傷ついたり、自信を失ったりして、心にコンプレックスの『棘』が刺さってしまう。その棘が刺さったままでは、どんなに痩せても本当の美しさは手に入りません。私たちの仕事は、その棘を一本一本丁寧に抜き、磨き直して、その方が本来持っている輝きを取り戻すことなんです」
「運動が苦手」「食べるのが好き」。そんな会員の悩みを否定することはしない。「食べられるなら、食べる内容を変えてみよう」「マッサージならできるかな?」と、一人ひとりのライフスタイルに合わせた「できること」を探し出し、小さな成功体験を積み重ね、最終的に理想体型まで持っていく。
「変わりたいけれど、頑張りきれない時もありますよね。だからこそ、無理強いはしません。ただ、諦める必要も絶対にない。サロンというコミュニティの中で、仲間と共に励まし合いながら、時間をかけて心と体を整えていく。そうして内面から変わった方は、表情も発する言葉も、別人のように美しくなります」
ダイアナが掲げる3つの豊かさ――「Money rich(経済)」「Time rich(時間)」「Friend rich(仲間)」。美しさの提供は当たり前であり、その先にある「豊かな人生」の提供こそが目的だと三浦氏は語る。

事業承継から10年。かつて「お母さんの代わり」と見られていた28歳の若き後継者は、今や堂々たる経営者として、時代の変化に合わせたサロン運営を行っている。
「目指すのは『100年続くダイアナ』です。母から私がバトンを受け取ったように、この想いと技術を次の世代へ、またその次の世代へと繋いでいきたい。女性だけでなく男性も含め、地域の方々が心身ともに健康で、笑顔でいられる拠点であり続けること。それが、私がこの地で事業を続ける意義だと思っています」
白黒の世界から飛び出し、自らの人生を鮮やかに塗り替えた三浦 氏。彼女はこれからも、コンプレックスという棘に苦しむ人々の手を取り、その人生という物語を、ハッピーエンドへと導き続けていく。
