儲からないことは美しい

Future Leaders

 
     
 
青柳勝男

社会福祉法人朝日会

理事長

 

栃木県出身。不動産業に26歳のときに入職。17年間経営後、33歳で「高齢者施設を作る」と決意。43歳で社会福祉法人朝日会を設立。『地域と共に生きる』という理念のもと、財務透明性と地域密着を重視した経営を貫く。4つ目の施設「共生型ケア」施設の開設を控え、次世代への橋渡しに力を注いでいる。

栃木に欠かせない福祉インフラ・朝日会

2025年、団塊の世代が後期高齢者となり、介護需要は急増している。一方で大手民間企業が相次いで介護事業に参入し、税制優遇のある社会福祉法人は苦境に立たされている。そんな逆風の中、栃木県宇都宮市針ケ谷町にある社会福祉法人朝日会は「地域密着」と「透明経営」そして「ICT活用」という独自の戦略で、むしろ存在感を増している。

閑静な住宅街に佇む特別養護老人ホーム「はりがや」は、朝日会が1999年に開設した記念すべき第一号施設である。それから四半世紀。青柳勝男理事長が率いる朝日会は今や、特養5施設、デイサービス、訪問看護、認知症グループホーム、障がい者支援施設など、地域に不可欠な福祉インフラを担う存在へと成長した。

「この仕事は儲からない。だからこそ、美しいんです」利益率わずか2%。大手企業が参入しない理由を、彼は誇りに変える。不動産業からの転身、7年越しの挑戦、そしてバブル崩壊という試練。なぜ青柳代表は、利益の出にくい福祉の世界に飛び込み、そして生き残ることができたのか。

経験ゼロの男が挑んだ福祉施設立ち上げ

青柳勝男が不動産業に入職したのは26歳の時だった。バブル期の好景気に乗り、事業は堅調だった。だが33歳の冬、経営コンサルタントからある問いを突きつけられた。「5カ年計画を立てましょう、と。青柳さん、出した利益で何をやりたいんですか…そう言われました。その時、脳裏に浮かんだのは、数年前に脳卒中で倒れた妻の祖母の姿だったんです」

当時の宇都宮市内には特別養護老人ホームが3施設ほどしかなく、どこも満員。行き場を失った祖母を抱え、家族は途方に暮れた過去があった。こんなに施設が足りないのか。その衝撃が、青柳代表の胸に刻まれていた。だから会社の事業計画書の5年目の欄に、彼は迷わず書き込んだ。高齢者福祉施設を建設する、と。

しかし青柳代表に福祉の経験はゼロ。業界の知識もない。しかし彼は諦めない。「でも、確信があったんです。地域に必要とされるものを作れば、必ず道は開けるはず。地元に恩返ししたかったんです」

現実は甘くなかった。35歳で栃木県庁の担当部署に相談に行った青柳代表を待っていたのは、冷ややかな視線だった。建設の許認可枠は2施設であるのに対し、当時応募は17事業者、当選倍率は約10%だった。いつになったら実現するのか…担当部署からは諦めたほうがいいとさえ言われた。青柳代表は引き下がらなかった。2年後、再び県庁に足を運んだ。だが状況は変わらない。さらに、追い打ちをかけるように、不動産バブルが崩壊した。青柳代表は40歳を迎えていた。それでも、彼は5ヶ年計画に記した一行を諦めなかった。「あの時、書いた約束を守らなければ、自分は自分を許せなかったから」

転機は1996年、青柳代表が39歳の時に訪れた。管轄が県から宇都宮市に移管され、市の担当者から思いがけない一言がやってきた。南部地区で施設を作りたい事業者を探している、撤退した事業者があり、急遽枠が空いた、と。青柳代表は、やりますと即答した。

寝る間も惜しんで図面を完成させ、国への申請を経て、1998年9月、ついに社会福祉法人朝日会の設立。青柳代表が42歳のときであった。翌1999年、特別養護老人ホームはりがやが開所した日、青柳代表は施設に住み込んだ。最初の半年間、彼は自宅に帰らなかった。不動産業を手放し、文字通り人生を賭けた施設だった。その覚悟が、職員たちにも伝わった。「職員も新人、入居者も初めて。何が起こるかわからない。だから、私がそばにいなければと思ったんです」

それから約27年。朝日会は着実に事業を拡大し、現在では特養5施設を軸に、デイサービス、訪問看護、認知症グループホーム、小規模多機能型居宅介護、そして近年は障がい者支援施設(入居・通所)も開設。職員数は約750名に達する。

地域密着・透明経営・ICTで地域と職員に貢献せよ

青柳代表が貫くのは地域密着という一点だ。宇都宮とその周辺、半径数キロの範囲でしか事業をしないと決めている。その哲学を体現するのが、地域との多彩な接点だ。地域の祭りがあれば気前よく機材を貸し出し、住民との交流を深める。「大手企業には資本で勝てない。だから、私たちは『地域への密着度』で勝つんです。遠くに手を伸ばしても、地域との結びつきが薄れるだけですから」

そしてもうひとつ、青柳代表が力を入れるのが「透明経営」である。驚くべきことに、朝日会は毎月、全職員に法人の財務諸表を開示している。逆にこの透明性こそが、職員の士気とモラルを高める原動力になっているという。「職員たちに、自分たちの法人が黒字なのか赤字なのか知ってもらいたい。数字を知らなければ、当事者意識は生まれませんので」

さらに、朝日会が先進的なのは、ICTの積極活用だ。2015年、青柳代表の息子である正寛氏が施設長として入職。正寛氏は前職で総合病院のリハビリ職として勤務しており、医療現場の電子化に精通していたため、入職以降、現場のデジタル化が加速。2020年、コロナ禍を契機に、特養夢希の杜では全床に見守りセンサーとカメラを導入した。入居者の心拍、呼吸、体動をリアルタイムでモニタリングし、異変があれば職員のタブレットに通知が届く。夜勤スタッフひとりで20名もの入居者を見守らなければならない過酷な現場で、このシステムは命綱となっている。さらに現在は排泄予測センサーの試験導入も進めている。認知症の方は尿意を感じにくくなるため、膀胱の状態をセンサーで検知し、トイレ介助のタイミングを最適化する試みだ。「入居者の平均年齢は90歳。昨日まで元気だった方が、急変して亡くなることもあります。その時、職員が自分を責めてしまう。でも、24時間モニタリングできていれば、『やれることはやった』と納得できる。入居者の安心感を高められるのもありますが、精神的な負担が全然違うんです」

“儲からないことは美しい”

青柳代表が今、最も力を入れているのが、共生型福祉である。高齢者、障がい者、子ども。従来は別々に支援されてきた人たちを、ひとつの場で支える仕組みだ。「高齢者も障がい者も、同じ地域で暮らしている。だったら、同じ場で支え合えばいい。それが本当の『地域共生』じゃないでしょうか。国も『共生型』を推進しています。高齢者だけ、障がい者だけと分けるのではなく、みんなが一緒にいる。それが自然な社会の姿です」

朝日会が近年開設した障がい者支援施設「シーズンスマイル」は、まさにその実践だ。背景には、いわゆる「8050問題」がある。80代の親が、50代の引きこもりの子どもを支えているが、親が亡くなった後、子どもは行き場を失う。「そういう方たちを、地域で支えなければならない」。

一方で、青柳代表は社会福祉法人が直面する厳しい現実にも目を向けている。大手民間企業が運営するサービス付き高齢者住宅(サ高住)や有料老人ホームは、訪問看護や訪問介護を組み合わせることで、医療ニーズの高い高齢者にも対応できる。対して、特養は医療提供に制約がある。「特養が生き残るには、医療との連携が不可欠です。オンライン診療など、ICTを使った医療連携が鍵になる。数年後、入居施設のあり方は大きく変わるでしょう」

「福祉は、ボランティア精神だけではまずやっていけません。きちんとお金を稼ぎ、職員に給料を払えるビジネスモデルを作らなければ、継続しない。だけど、利益だけを追い求めてもダメ。地域を忘れてはいけない。そのバランスが一番難しい。でも、だからこそ、儲からないことはある意味美しいんですよ。業界に入って、そんな感覚を味わっています」

栃木の地で「誰も取り残さない社会」を現実のものにしつつある青柳代表が目指すのは、巨大な福祉帝国ではない。半径数キロの、顔の見える範囲で、高齢者も障がい者も子どもも、みんなが支え合う社会だ。それは決して派手ではないが、確実に地域の未来を変えていく。「地域と共に生きる」…青柳勝男の歩みは、地方で挑戦するすべての人たちへの、静かで力強いエールである。