守る人を護る

Future Leaders

 
     
 
阿久津 昌浩

株式会社FS・JAPAN

代表取締役

 

1985年生まれ、栃木県出身。警備保障会社で警備員、営業職を経験後、物づくりの会社で2年間勤務。30歳の時、父が創業した株式会社FS・JAPANに入社。営業として全国の消防・警察・自衛隊の現場と向き合い、12年間のキャリアを積む。2025年9月、代表取締役に就任。

全国のレスキュー隊員の“心”の拠り所

栃木県宇都宮市。株式会社FS・JAPANは、消防、警察、自衛隊、海上保安庁などの装備品を開発・製造・販売する会社だ。社名「FS」は「フィールドサポート」を指しており、年4回発行される通販カタログ『FS・JAPAN』は、全国の現場で活躍する隊員たちの間で評判を呼び、現場の必須アイテムとなっている。

現在、自社商品と仕入れ商品の比率は半々。しかし、阿久津昌浩代表が目指すのは「1から10まで自社商品」だ。「結局自社で開発して、自社で作って、自社で届ける。これが一番コストを抑える安く済ませる秘訣。安く現場の隊員に届けるために会社を興したのが、創業のきっかけですので」

持たざる者だからこそ成し遂げた事実

FS・JAPANの創業は、阿久津代表の父、阿久津昌之氏の強い想いから始まった。昌之氏は元東京消防庁の特別救助隊員。全国救助技術大会で日本一に輝いた、いわば「レスキューのプロ中のプロ」だった。

しかし「戦後の日本において宿泊施設の火災としては最悪」とも評されることとなる、1980年に発生した川治プリンスホテル火災をきっかけに、地元・栃木の消防力向上のため、東京消防庁を退職。栃木県の藤原町消防本部に再就職した。そこで目の当たりにしたのが、装備品の価格格差だったという。「東京消防庁で1,000円のライトが、地方の消防では同じライトでも3,000円する。これは業者の匙加減なんです。東京消防庁が採用している商品というだけで、他の消防はメーカーに検証もせずに買ってしまう。でも地方の消防職員も、自分の小遣いで装備品を買うんです…手袋も靴も。支給品のものはすぐボロボロになる。そして彼らはプロですから、自分に合った道具を選びたいんです」だったら自分で作ってしまおう、昌之氏は早期退職し、理想の装備品を作る会社を立ち上げた。

創業当初の昌之氏には、ビジネスの知識もコネクションもなかった。しかし、「何もなかったからできた」と阿久津代表が語るエピソードがある。

「創業当初、父にはビジネスの知識もコネもなかった。逆に言うと現場に対する危機感というか、熱意は人一倍ありました。だからまず『レスキューの靴を作ってほしい』とシューズメーカーのお客様相談窓口に、電話で急に直談判したんです。もちろん最初は相手にされなかったので、それを4回か5回繰り返したらしいんです。ちなみにそのメーカーは上場している超大手でした(笑)。普通に考えたらそんなところに専用の靴を作れって言うなんて怖くてできないですよね。でもその熱意のおかげで、最終的にはそのメーカーとともにレスキューシューズの開発に着手することに成功したんです。後に一般向け安全靴のノウハウとなり、今では建設現場などで広く使われている技術になります」何のしがらみもなかったからこそ、FS・JAPANは熱意で全国の安全を底上げしてきたのだ。


現場の声100%で作られる商品

そんなFS・JAPANの強みは、商品が現場の声から生まれることだ。通販カタログは3ヶ月に1回、全国に2万部配布される。その度に、10〜20の新商品が掲載される。「この新商品の発送発想は、どこから来ると思いますか…?」と阿久津代表が見せてくれたのは、会社に届いた大量のメッセージ。全国の消防士、警察官、自衛隊員から、こんな商品があったら嬉しいという提案が、手書きのイラスト付きで寄せられている。

ある商品は、ノベルティで配っていたシートベルトカッターから生まれた。「現場の人が、これで洋服を切ってみたらめちゃくちゃ早く脱がせられたって動画を送ってくれたんです。AEDを使う際や、毒物に触れてしまった場合は救助対象者の服を全部脱がせなきゃいけない。ハサミだと危ないけど、これなら安全に切れると。北海道から沖縄まで、連絡を送ってくださる方たちがいるんです。写真を撮って送ってくれたり、こういう商品があったらいいって絵まで描いていただけるんですね」そして生まれた商品は、カタログに掲載される際、考案者の名前と所属が記載されるという。

「テーマパーク型」大規模訓練施設構想

「テーマパークを作りたいんです」インタビューの終盤、阿久津代表は驚くべき構想を語り始めた。一瞬、耳を疑う。しかし、その説明を聞いて、その壮大さと現実性に驚かされた。「消防、警察、自衛隊、海上保安庁の人たちのための、大型訓練施設です。ないんですよ、そういう施設が」

公務員である彼らは、災害があればすぐに現場へ駆けつけなければならない。だから訓練は休日に、個人で行うことが多い。勤務が終わってからみんなトレーニングに行くのだ。しかし、実際に訓練できる場所がない。さらに訓練に使用する資機材もない。一個100万、200万の資機材は職場にあるけど、個人が訓練したいからといって持ち出せるものでもないのだ。

そこで阿久津代表が構想するのは、瓦礫も、雨も、風も再現できる訓練施設。トレーニングジムとプールも併設し、各メーカーの最新資機材を展示。「例えばメーカーが最新の資機材を置く。そうすると、消防署に行ってデモンストレーションしなくても、勝手に消防士やレスキュー隊員がトレーニングに来て試してくれる。となると、メーカー側としてもメリットがありますよね。そして同じ業界の人しか来ないので、普通のジムじゃできない話ができる。メンタルケアにもなるんです。実際に事故の発生から完了までの流れが完結できると素晴らしいですよね。警察が事故の検証をして、終わったら消防が解体を始める。プールに車を沈めたり、飛行機や電車を使った訓練もできる。そうすると、今度はテレビドラマや映画の撮影にも貸し出せるんです」夢物語のように聞こえるが、阿久津代表は既にとある省庁に話を持ちかけているという。もう、代表の目には現実として映っているのだ。

最後に、若い世代へのメッセージを求めると、阿久津代表は自身の体験を語り始めた。「若い頃、私は本当に何も考えていなかったんです。 どこかに就職して、ある程度のお金をもらって働いていればいいや……と。 そんな時、メンターとして尊敬している人から、『やりたいことを探すんじゃなくて、できることを探しなさい』と言われました。 最初は、その意味がよく分かりませんでした。しかし、話を聞くうちに気づいたんです。できることでしか、人に還元することはできないんですよ。」

つまり、とことばを続ける。「苦手なことを克服するより、得意なことをやった方がいい。
苦手なことは、5年、10年と続けても、やはり苦手なままなことが多いんです。そして、『好き・嫌い』と『得意・苦手』は、必ずしも同じではありません。たとえ好きではなくても、自分にできることであれば、率先していろいろなことに挑戦してほしい。そうやって、“できること”を一つずつ増やしていけばいいんです」

創業者の父から受け継いだ「守る人を護る」という想い。現場の声を形にする情熱。そして、究極の訓練施設という壮大な夢。阿久津代表の挑戦は、今、始まったばかりだ。